普遍的な宗教はない!と思う・・・

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人間だから・・

今朝も昨日紹介した取引先のあるレアメタル鉱山の社長の治療のため、朝から病院に行った。
お客さんに順番待ちをしてもらう訳にも行かず、私が朝一番で病院に行き、順番を取ったのだが、その後、病院の一階にある喫茶店でメールチェックなど仕事をしていた。その時、患者さんも喫茶店でモーニングを頼みながら、いろいろと話をし始めた。たまたま横に座った40代か50代のお二人の話だったが、お一人は自分の病気のひどさを一方的に話し、もうお一人は以前加入していた宗教(仏教系の最王手、選挙にも出ているお馴染みの)を抜け出し、今は別に宗教に入った話をしながら、いかに前にいたところがひどくて、今いるところが正しいか!ということを力説していた。

連日、アテンドのため事務所に行けず、仕事が溜まっていた私からすると、誰がどんなけ病気になろうとも、どんな宗教に嵌ろうとも良いから、少し静かにしてくれ!というのが、正直なところであったが、どうしても盛り上がるお二人の声が耳に入ってきたため、聞かざるを得なかった。そのお二人のやりとりを聞いて思ったのだが、

 ① 基本的には人間は相手の言うことを聞いていない。
 ② 宗教は嵌っている人にはパーフェクトな答えを与えてくれる存在でも
   それは他人にはそうではない。
 ③ そして、それを他人に押し付けてはいけない。

宗教の人が、病気の人に日曜にどこかでやっている集会に来て下さい、いや来るべきだ、あなたの病気は前世の行いが問題であって、解決するためにはこの宗教しか・・・と熱心に勧誘し始めた。この時から、お二人の間に微妙に距離感が発生し始めたのを横で聞いていた感じた。

そういえば、昨日のニコライ堂でも日曜日の礼拝に来るよう言われたが、おそらく行くとそれなりに厳かでいいものだなと思ってしまうとと思ったが、先々週から、日曜日朝に娘と合気道ファミリー教室に行き始めたのを思いだした。あれは神道になるんだろうな?と思いながら、結局、絶対的に正しく、他の宗教を圧倒するものというのは存在しないかな?主観的にそう感じることがあってもそれは決して客観的なものではなく、そういうスタンスで個人ベースで信じていくというのが正しい宗教との付き合い方ではないかと思った。

国と国との主張も同じで、こちらの主張とあちらの主張が相反することが当たり前で、解決する気がなければいつまでもお互い言い続ける。解決する気があれば、多少の妥協は必要なんでしょうね。

どう思いますか?






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