宗教から見る相対的思想の奨め

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ニコライ堂に行ってきました!

本日、駿河台にあるニコライ堂(東京復活大聖堂協会)に行ってきました。
あるレアメタル関連の取引先の社長が、日本で持病の検査を受けたいとのことになり、お茶の水にある病院に行った帰りに寄ってきました。改めて知りましたが、ここはギリシア正教でもロシア正教でもなく、”日本正教会”の教会になります。現地で頂いたカタログにも「私たちはエルセレムからギリシャ、ロシアを経て日本に伝えられた『日本正教会』です。」とあります。

多くの日本人が気づいていないと思いますが、ギリシア正教もロシア正教、そして日本正教もキリスト教です。え、キリスト教だったの?と思われる方も多いと思いますが、厳密に言うとこちらの方がカトリックよりも名前の通り、正統なキリスト教と言えます。正統というと語弊があるかもしれませんが、古くから続くキリスト教と言った方が良いかもしれません。

遡ること約1,800年前、キリスト教がローマ帝国の国教になりましたが、この当時はカトリックもギリシャ正教もありません。当時のローマ帝国の領土にはローマ、コンスタンティノープル(今のイスタンプール)、エルサレムなどのキリスト教にとっての重要な土地が含まれていましたが、その後、ローマ帝国が分裂し、ローマを首都とする西ローマ帝国とコンスタンティノープルを首都とする東ローマ帝国となります。西ローマ帝国は早々にゲルマン人の大移動で滅んでしまいますが、東ローマはオスマントルコに滅ぼされるまで、分裂後も1,000年以上繁栄します。当然、ローマ帝国からの流れのキリスト教も西(カトリック)と東(ギリシア正教)に分かれ、存続しますが、ゲルマン人によって滅ぼされた西ローマ帝国の方のキリスト教(後のカトリック)の方が、新たな勢力(ゲルマン人)への浸透のため、変化していきました。一方、その後1,000年以上続く東ローマのキリスト教(ギリシャ正教)の方がローマ時代からの伝統を多く残して、今に至っています。

ちなみにギリシャ正教から派生したロシア正教は、10世紀にスラブ世界を統一したキエフ公国のウラジーミル1世が、東ローマ帝国(ビザンティン帝国)からキリスト教を受け入れたことに遡ります。

何が言いたかったかと言うと、ついつい日本人の頭の中にはアメリカの情報や文化が中心になっていますが、それが正しい、正しくないということは別にして、他の価値観を持つ文化もあり、両方あるいは出来る限り多くのものを比較して相対的に見ていかないといつの間にか偏った見方に陥っていることがあるということです。これを忘れると中国の反日教育の影響をもろに受けた思想などと同じレベルになってしまいます。また、昨日、メドベージェフ大統領がソ連時代から含めて、ロシアの指導者として初めて国後島を訪問したことがいろいろと話題になっていますが、北方領土についても同じく考えていかないといつまで経っても解決することはないでしょう。この話もまた今度します。(きっと)

最後に、ニコライ堂の中にいるロシア人のおばさんと話をしている時、『あなた協会の中で笑顔で笑い過ぎ!場所をわきまえなさい!』と怒られました。そういえば、過去2回(15年前と今年)、モスクワのレーニン廟に入った時も銃を持った衛兵に怒られた記憶があります。この辺りは文化の違い(日本でも同じか!?)もあるでしょうが、気をつけないといけませんね。反省してます。

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